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社会不適合者の生きる方法

発達障害傾向の孤独な喪女(26)が考えた、「私が」楽に生きる方法など雑記 【発達障害/パニック障害/場面緘黙/プチプラコスメ】

休日に外出しない病気

自己分析

休日に家の外に出られない。

実家暮らしのため、絶対に外に出なければならない用事も少ない。

 

歩いて行ける範囲ならばそれなりに気楽に出られるのだが、電車で1駅となると、かなりの気合が必要になる。

昔からそうだった。休日に外に出るなど、親に連れて行かれるくらいしかなかった。それ以外は、家でネットか漫画か、という感じだった。

 

そのため、私の人生は鬱々としたものになっている側面はある。休日に外に出られない、つまり、外界と触れないことになる。

今までの人生で私の機嫌が良かった時期は、定期的に外に出て遊んでいた。家に出て新しいものに目を触れることは、良いことだ。それは分かっている。

 

それなのに、私は怠惰なため、外に出られない。

どうしよう。

 

私が外に出られない理由を以下に記載してみる。

  • 身嗜みを整えるのが面倒臭い。
  • 人間と関わるのが面倒臭い。
  • 休みの日くらい頑張らないことをしたい。
  • 物欲もそれほどない。

怠惰なのことが良く分かる。休みごとに、私は欲に負けるのだ。

 

誰かと一緒に、ならば外に出る準備もできるのだが、自分だけだったらガソリンが圧倒的に足りないのだ。

家でゴロゴロしたい欲が強い。

でも、それでは、私は鬱々と狭い世界で人生を終える。

 

奮起して電車に乗って外出したことはあるが、奮起にかかったエネルギーほど良いことを外界から得られなかった。

 

私は外に出たいならば、午後休を取るしかないのかもしれない。

私が不急なのに外に出るには、物凄いエネルギーが必要だ。しかし、会社のついでに買い物に行くには、それほどのエネルギーは不要である。会社に行く時に、1度家を出てしまっている。

 

外に出て楽しいと思う気持ちが強ければ、私は外に出られるようになるのだろうか。

しかし、私は外に出て、何をすれば、楽しいと思えるのだろうか。学校や仕事が終わっても、そそくさと帰宅する人生であった。

家の外で楽しいことをあまり経験せず生きてきたのに、今さらそれを得られるだろうか?

 

しかし、私は、きっと自分でその楽しさを掴むことができないと、鬱々と人生を送る羽目になると想像できる。

家の外に出る習慣を無理やり作ってしまうとか、欲で釣ってみるとか、対策を色々考えてはいるものの、きっと私は外に出ないだろうと思う。

 

やはり、私は人生を楽しむ素養なく生まれてきたのかもしれない。

今のところ、明確な対策はない。

私は、私以外の誰かの脳で生まれたかったと思う。

そして、「私生活ではもう何も頑張りたくない」という気持ちが強い私にとって、この病気はもう一生治ることはないのだろうと、思う。