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社会不適合者の生きる方法

発達障害傾向の孤独な喪女(26)が考えた、「私が」楽に生きる方法など雑記 【発達障害/パニック障害/場面緘黙/プチプラコスメ】

昔の私が犯した間違いと今後の生き方について

自己分析

1年前まで、数年間、幸運だと思って、人生を、自分を投げ出していた。

楽しいことがあった。人間と関わって楽しいと思えた。そして、それに委ねてしまっていた。今までの私の努力が実って、幸運が巡ってきたと思った。

普通の人間並みに、ようやく、人生を楽しめるのだと思った。そして、それが嬉しかった。

 

まあ、そんなわけがなかったのだ。

世の中、そういうものではない。今まで、この世の中が私に優しかったことなどあっただろうか。

今、私は、回り道をして、また後ずさったところから、始めなくてはいけない。

 

私は浮かれていた。今までの人生経験から冷静に判断できなかった。人間とそこまで関わったことがなかったからだ。

でも、今なら分かる。私が私のことを対処せず、誰がそれをできるというのだ。

 

世の中は不平等である。最初に悪いものを持たされたら、そこから良い方向へ向かうのは難しい。

私は、良い方向へ向かおうと思って、試行錯誤してきたものの、やりすぎた。方向が間違っていた。生きる気力をなくすくらいなら、そんなことしなきゃ良かったのだ。

私の思考は極端だから、突っ切ってしまった。何故極端なのかというと、それは生まれつきだからだ。

世の中は決して平等ではない。

 

もう立ち上がろうとは思っていない。腰を下ろした状態で、低空飛行で生きるしか方法はない。その方法を模索するしかないのだ。

動きたくなかったら動くことさえしない。もういいのだ。

それくらい自分に優しくても良いだろう。自分で自分にあまり危害を加える必要はない。

 

今の世の中、特別な人間じゃないとできないことが多い。私は決して特別な人間ではない。むしろ、並みの人間でもない。

それでも、生きねばならぬ。

 

昔の感覚に戻って、自分のことは全てで判断し、実行し、生きていくしかない。

私の心が2度も圧力を受けたのは、ほとんど全て、私が他人に依存して頼りすぎたせいなのだから。