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社会不適合者の生きる方法

発達障害傾向の孤独な喪女(26)が考えた、「私が」楽に生きる方法など雑記 【発達障害/パニック障害/場面緘黙/プチプラコスメ】

続・何故私には友達ができないのか。

以下の以前の記事を書いた後、さらに気付くことがあったため、新しい記事を書いてみることにした。

salt2223.hatenadiary.jp

 

私が上記の記事を書いた理由
  • 悩みを人の目に触れる場所に明確に記載することで、自分の考えを「チラシの裏」レベルから昇華させる。
  • 後から客観視することで、より冷静に分析する。

つまり、自分の身体の外に、意見を明文化したかったのだ。何かを変えたいと言う思いが強かった。

 

『人間との付き合いは諦める』とブログで断言してから、人との付き合いがとても楽になった。

「こうしなきゃ」「ああしなきゃ」「まともに見えるようにしなきゃ」という思いが、私に強い圧力をかけ、ストレスを生んでいたのだろう。

昨日の飲み会でも、今までの人生の飲み会の中で、上位3位に入るのではないかと思うくらい雑談、発言ができたし、パニック症状の欠片も見えなかった。

 

やはり、私は、人間関係の構築は諦める。諦めていたくらいが、自由で、楽に生きられるのだ、ということをこの数日間で体感した。お昼の同期との食事においても、随分気が楽になった。

周りに人がいる、人がいない、ということは、それほど人間の価値に関係ないのだ。

 

私が同世代に気後れするのは、私が彼女たちの共感に入ることができないマイノリティで、マイノリティは迫害されやすい傾向にある、と思っているからである。

でも、今までの人生で常に迫害されていただろうか? いや、常には迫害されていない。

いじめられたこともあったが、限定的な人間のみであったし、一部の期間だけだった。

 

私は、私自身に自信を持ち、強くなって、彼女らと対等に渡り合おうとした方が、良いのだと感じた。

彼女たちも誰かを苛めるほど馬鹿ではないし、そうしようとは思っていないのは、確信している。決して悪い人間ではない。

ならば、私は、苛められっ子気質で気後れするのではなく、もう少し自己発揮し、前に進んでも良いのかもしれない。その方が、私も、黙って周りからどう見られるのかビクビクしているより、随分と気分が良い。

 

目下、仕事で自信を着けていきたいと思っている。

明日は、何故か自分より上の立場の人たち相手に、1.5時間ほど研修をしなければならない。とりあえず、これを無事に終わらせよう。

また、容姿においても、より研究を重ね、防御力を上げていこう。